石野 真子 めまい。 石野 真子「めまい」の楽曲ページ|20145333|レコチョク

石野真子の歌詞一覧リスト

石野 真子 めまい

俳優、歌手として活躍している石野真子(いしのまこ)さん。 高い演技力と美しい容姿で、男女問わず多くの人から支持されています。 そんな石野真子さんの出演ドラマやファン、個展活動といったさまざまな情報をご紹介します! 『めまい』だけじゃない 石野真子のドラマ出演作 石野真子さんの芸能生活は、昭和の有名なオーディション番組『スター誕生』(日本テレビ系)に合格したことから始まります。 同番組の合格者はタレントの山口百恵さんや中森明菜さんといったそうそうたるメンバー。 翌1978年に『狼なんか怖くない』でデビューしました。 同曲の作曲は吉田拓郎さん、作詞は阿久悠さんという力の入れようで、石野真子さんが映るジャケット写真を手掛けたのは写真家の篠山紀信さんです。 石野真子 1978年 俳優としても活躍し、ドラマ『熱愛一家・LOVE』(TBS系)では森光子さんと共演しました。 演技の道に進みたいと考えたのはこの時からだといいます。 石野真子さんがシングル『めまい』を発表したのは1980年でした。 しかし、仕事の間に食事をしつつ取材を受けるという多忙な毎日は1981年に終わります。 歌手・長渕剛さんとの結婚がきっかけでした。 ですが石野真子さんの結婚生活は2年で終わり、俳優としてカムバック。 キャリアは大河ドラマ『いのち』(NHK)の中川佐智役などで積み上がっていきます。 40代になってからも、特撮ドラマ『特捜戦隊デカレンジャー』(テレビ朝日系)の白鳥スワン役や、ドラマ『花より男子』(TBS系)の主人公の母・牧野千恵子役で活躍しました。 石野真子の妹はいしのようこ!お嬢様ってホント? 石野真子さんは兵庫県の高級住宅地、芦屋市の出身です。 非常に厳しい家庭で育つお嬢様で、門限が16時半だったそう。 中学生から「私は歌手になるの!」と公言してデビューし、妹のいしのようこさんもタレントになりました。 いしのようこさんはドラマ『セーラー服通り』(TBS系)でデビューしました。 時代劇ドラマ『暴れん坊将軍』(テレビ朝日系)の出演や連続テレビ小説『べっぴんさん』(NHK)の主人公・すみれの同僚、明美の母・琴子役として知られています。 石野真子さんといしのようこさんは、2018年4月8日放送の旅行番組『クチコミ新発見!旅ぷら』(読売テレビ)に出演しました。 姉妹2人で和歌山県の串本・那智勝浦を旅しながら、仲のよさを見せています。 また2人は同番組に10月も出演。 長崎・五島列島ではサンゴや椿オイルといった特産品をアピールしています。 俳優・木下ほうかは石野真子の親衛隊! 昭和のアイドルのファンには、『親衛隊』という集団に入る人たちがいました。 親衛隊とはそろってアイドルのステージに声をかけたりテープを投げたりする自主応援団のようなものです。 アイドルとして絶世の人気を誇っていた石野真子さんにも親衛隊は存在していました。 当時、在籍していたファンには、若かりし日の俳優・木下ほうかさんも名を連ねています。 2019年5月1日に放映されたバラエティ番組『昭和・平成・今日から令和「半径5メートルの胸熱TV!」』(NHK)に木下ほうかさんが出演。 親衛隊時代の話を披露しました。 番組には、令和も活動を続けている石野真子親衛隊の皆さんも登場します。 木下ほうかさんも加え、親衛隊の制服とハチマキ、腕章といったグッズを身に着け、石野真子さんの『わたしの首領(ドン)』に合わせてコール(掛け声)を上げていました。 同番組には石野真子さんの出演はありませんでしたが、石野真子親衛隊の熱さは変わらず素晴らしいものです。 スタジオからも歓声が上がっていました。 石野真子さんはインスタグラムなどのSNSは公式から案内していませんが、ファンのために専用のブログを開設しています。 石野真子は昔、結婚してた? いま好きなタイプは『さかなクン』 石野真子さんは長渕剛さんとの離婚後に、俳優・広岡瞬さんとの再婚と2度目の離婚を経験します。 2017年4月15日に放送されたトーク番組『メレンゲの気持ち』(日本テレビ系)で、石野真子さんはこれからの結婚について話しました。 左から広岡瞬、石野真子 1990年 3度目の結婚は「ない」といい切った石野真子さん。 気楽に生きていきたいと話し、「仮にデートするならさかなクンがいい」と続けます。 理由は「いろいろ教えてくれそうで楽しそう」と、知的好奇心の強さを見せました。 石野真子の絵がすごい!個展を開催 石野真子さんは、2018年に東京都中野区の『GALLERY リトルハイ』において個展を行いました。 もともと、石野真子さんは実家のビーズのハンドバック製造を手伝っていたことから、細かな作業が大好きだといいます。 はがきサイズの絵をずっと描き続けていたところ、ギャラリーを持っている知人から個展を誘われました。 石野真子さんの絵は周囲からも好評で、個展にはいろいろな人が協力しました。 ネット上でも「石野真子の絵がよかった」「豪華だった」という声が上がっています。 石野真子の現在・これから 石野真子さんは、2019年2月にドラマ『約束のステージ~時を駆けるふたりの歌~』(日本テレビ系)に、小沢雪子役として出演しました。 同作は1970年代に歌手を目指す少女たちの物語。 石野真子さんも当時のアイドルとして、作品を味わい深い存在にしています。 4月にはバラエティ番組『この差って何』(TBS系)に登場しました。 明るいキャラクターで場を和ませています。 歌手活動も活発で、5月にはコンサートを行いました。 石野真子さんは選曲やMCについて、出演したラジオ番組『小堺一機と渡辺美里のスーパーオフショット』(ニッポン放送)でタレントの小堺一機さんに意見を聞いています。 石野真子さんはアイドルとしてキャリアをスタートさせ、俳優として大きく花開きました。 令和となっても熱烈なファンがおり、芸術活動も盛んです。 髪型やファッションを参考にする女性もいて、これからの石野真子さんに期待が集まっています。 石野真子 プロフィール.

次の

石野真子 めまい

石野 真子 めまい

何だか最近はサスペンスの人、な感じの真子ちゃん。 アイドル時代にはチャーミングだったタレ目も、今では内に秘めた情念を巧妙にカムフラージュするための、したたかなオンナの武器にしか見えなくて、ちょっとトホホな感じ。 でもアイドル時代の彼女を知る人ほど、その天真爛漫だったキャターとは裏腹に、その後の私生活での「恵まれなさ」の印象がどうしてもつきまとってしまうから、やっぱりタダモノではなさそうな気がしてしまうのは確か。 そういう意味では本当に、その後の顛末を含めていっさい、70年代アイドルの王道を進んでいる人、なのですねマコちゃんは。 そんなマコちゃんは78年デビュー。 デビューした頃の彼女の笑顔の輝きの素晴らしさと言ったら!それはもう、本当に天使のようでしたね。 特にアイドル冬の時代でもあった78〜79年頃、同じく天真爛漫キャラの郁恵ちゃんとともに、風当たりの厳しい「アイドル」というジャンルをふたりで必死に守り抜いて、見事に80年代のアイドル黄金期へバトンをつないだ、その功績はもっと評価されても良いと思うのだ。 何だか妙にみんながオトナになっちゃってた感じがする「アイドル冬の時代」のころ、そこに彼女の微笑みがあったからこそ、のちの聖子が、が、アキナが世に出ることが出来たのだ、と少々大袈裟なのは承知の上で宣言したいくらいだ(笑)。 そんなちゃんだったけど、当時の俺はそんなに一生懸命応援してたわけじゃなくって、彼女が歌った「 日曜日は」「 プリ・プリ」という筒美作品のキュートさに少し耳を奪われた程度だったのね。 そして結局、俺のマコちゃんの印象はというと、これはあくまでも俺の印象ではあるのだけど、とても「エロい」感じ、それがイチバンなのね。 コケとかいうよりもっとストレートなエロティック。 79年のシングルで子供たちを従えた・ソングの代表「 ワンダー・ブギ」あたりから強烈にその感じが強くなったのだけど。 たぶん、ホットパンツでお尻フリフリする振り付けがあったことも影響しているのも間違いないが、ギャグでごまかしながらもどこか確信犯的に「オトコを幻惑させること」が意図されてきたのが、あの歌あたりからだったような気がする。 彼女の歌声の特徴は、素直によく伸びる地声で歌うところだと思うのだけど、作りこみのない地声だからこそ、本人の資質の中にある「媚び」とか「艶めかしさ」が、声に乗ってストレートにリスナーに届いてきちゃってたのかもしれないな、なんてことも思う。 その辺どうなのかしら? さて、その後に出た「 めまい」(詞:有馬三恵子、曲:川口真)は80年7月発売の、マコちゃん10枚目のシングル。 実はマイ・フェイバリット・ソング・オブ・マコは、この曲なのだ。 曲調は当時の彼女としてはとても大人っぽいマイナー・ポップスで、ダブル・レコーディングのメランコリックなサビがとても印象的な作品。 ここではエッチさは影を潜めて、どうしちゃったの?という位にマコちゃんの声の切なさが全開。 それまでのイメージとは違う、明らかに彼女のターニング・ポイントとなった名曲と言えるのだが、残念ながら、セールス的にはこの曲を境に急激な下降線を辿ることになってしまう。 そう、「めまい」が発表された80年夏といえば、聖子が「」でブレイクを果たし、新しいアイドルの幕開けを宣言したちょうどその頃に当たるのだ。 「ワンダー・ブギ」以来、男子の妄想を一身に背負って進化を遂げてきたマコちゃんが、あえて期待を裏切って発表した名曲「 めまい」は、同時にという最後の70年代アイドルの幕引きを宣言するきっかけにもなってしまったような気がする。 もう、あとはキャピキャピの新人にまかせたわ、みたいな感じが、ある意味とても潔いと言えるのだが、だから余計に、この曲の切なさが、沁みるのだ。 hiroc-fontana.

次の

ヤフオク!

石野 真子 めまい

何だか最近はサスペンスの人、な感じの真子ちゃん。 アイドル時代にはチャーミングだったタレ目も、今では内に秘めた情念を巧妙にカムフラージュするための、したたかなオンナの武器にしか見えなくて、ちょっとトホホな感じ。 でもアイドル時代の彼女を知る人ほど、その天真爛漫だったキャターとは裏腹に、その後の私生活での「恵まれなさ」の印象がどうしてもつきまとってしまうから、やっぱりタダモノではなさそうな気がしてしまうのは確か。 そういう意味では本当に、その後の顛末を含めていっさい、70年代アイドルの王道を進んでいる人、なのですねマコちゃんは。 そんなマコちゃんは78年デビュー。 デビューした頃の彼女の笑顔の輝きの素晴らしさと言ったら!それはもう、本当に天使のようでしたね。 特にアイドル冬の時代でもあった78〜79年頃、同じく天真爛漫キャラの郁恵ちゃんとともに、風当たりの厳しい「アイドル」というジャンルをふたりで必死に守り抜いて、見事に80年代のアイドル黄金期へバトンをつないだ、その功績はもっと評価されても良いと思うのだ。 何だか妙にみんながオトナになっちゃってた感じがする「アイドル冬の時代」のころ、そこに彼女の微笑みがあったからこそ、のちの聖子が、が、アキナが世に出ることが出来たのだ、と少々大袈裟なのは承知の上で宣言したいくらいだ(笑)。 そんなちゃんだったけど、当時の俺はそんなに一生懸命応援してたわけじゃなくって、彼女が歌った「 日曜日は」「 プリ・プリ」という筒美作品のキュートさに少し耳を奪われた程度だったのね。 そして結局、俺のマコちゃんの印象はというと、これはあくまでも俺の印象ではあるのだけど、とても「エロい」感じ、それがイチバンなのね。 コケとかいうよりもっとストレートなエロティック。 79年のシングルで子供たちを従えた・ソングの代表「 ワンダー・ブギ」あたりから強烈にその感じが強くなったのだけど。 たぶん、ホットパンツでお尻フリフリする振り付けがあったことも影響しているのも間違いないが、ギャグでごまかしながらもどこか確信犯的に「オトコを幻惑させること」が意図されてきたのが、あの歌あたりからだったような気がする。 彼女の歌声の特徴は、素直によく伸びる地声で歌うところだと思うのだけど、作りこみのない地声だからこそ、本人の資質の中にある「媚び」とか「艶めかしさ」が、声に乗ってストレートにリスナーに届いてきちゃってたのかもしれないな、なんてことも思う。 その辺どうなのかしら? さて、その後に出た「 めまい」(詞:有馬三恵子、曲:川口真)は80年7月発売の、マコちゃん10枚目のシングル。 実はマイ・フェイバリット・ソング・オブ・マコは、この曲なのだ。 曲調は当時の彼女としてはとても大人っぽいマイナー・ポップスで、ダブル・レコーディングのメランコリックなサビがとても印象的な作品。 ここではエッチさは影を潜めて、どうしちゃったの?という位にマコちゃんの声の切なさが全開。 それまでのイメージとは違う、明らかに彼女のターニング・ポイントとなった名曲と言えるのだが、残念ながら、セールス的にはこの曲を境に急激な下降線を辿ることになってしまう。 そう、「めまい」が発表された80年夏といえば、聖子が「」でブレイクを果たし、新しいアイドルの幕開けを宣言したちょうどその頃に当たるのだ。 「ワンダー・ブギ」以来、男子の妄想を一身に背負って進化を遂げてきたマコちゃんが、あえて期待を裏切って発表した名曲「 めまい」は、同時にという最後の70年代アイドルの幕引きを宣言するきっかけにもなってしまったような気がする。 もう、あとはキャピキャピの新人にまかせたわ、みたいな感じが、ある意味とても潔いと言えるのだが、だから余計に、この曲の切なさが、沁みるのだ。 hiroc-fontana.

次の