いつもそばにいて支え合えた日々と。 NO.27 いつでもイエスさまが共に

開田高原のとうもろこしの時期はいつ?そばも美味です! | 日々是好日

いつもそばにいて支え合えた日々と

みなさんは夏が旬の食べ物と言えば何を思い浮かべますか? スイカやトマトやきゅうりなどいろんな食べ物がありますが、小さい頃からよく食べていたとうもろこしもその一つですね。 私の住んでいるところの近くでは 開田高原のとうもろこしが有名で、昨年は何も知らずに7月に行ってしまい、地元の人に「とうもろこしはお盆すぎてからだよ」と言われ、今年は迷走した台風10号の上陸が心配されるなか、8月28日に奥さんと開田高原に行ってきました。 開田高原のとうもろこしは絶品 「とうもろこしは朝取りじゃなきゃダメ」ということで、細かい雨がポツポツ残っている中を早朝から車で開田高原に向かいました。 国道19号線を北に向かい、木曽福島の木曽大橋のところで左折して国道361号線に入り、きそふくしまスキー場を超え、情報を仕入れようと開田高原観光案内所へ行きました。 そこのおばさんは言ってることを確認する間もないほど早口で、「とうもろこしを買えるところ」「そばの美味しいお店」「お風呂に入れるところ」の3点だけ聞き出して案内所を後にしました。 そのおばさんによると、今日はちょうど 軽トラ市をやってるのでそこへ行けばたくさん売ってるとのことだったので、さっそくそこに向かいました。 途中、道端でとうもろこしを販売している露天がたくさんありました。 着いてみるとそこは去年ツーリングで一休みしたところで、7月に奥さんと来た時もトイレ休憩に立ち寄ったところでしたが、奥さんは覚えていませんでした。 とうもろこしの値段はどの軽トラも 1本180円で、この値段は道端で売っているものも同じ。 協定があるんでしょうか? この値段なら家の近くのスーパーと大差ないんですけど、太さが段違い! 下の写真は帰ってから家で撮影したものですが、スーパーで売っているものよりずっと太いですよ。 そして生で食べられるとうもろこしは 1本200円でした。 さすがに生で食べられるとうもろこしはスーパーでは売ってないですよね。 さっそく普通のとうもろこしを10本と、焼きとうもろこし2本、生で食べられるとうもろこしを2本購入し、その場でとうもろこしの生食いを初体験しました。 実は普通のとうもろこしより少し白っぽい色で、「スイカのような味の中にとうもろこしの味もする」という今まで食べたことない味で、メチャメチャ美味しかったです。 家に帰って普通のとうもろこしも蒸して食べましたが、これがまた旨い! 晩ごはんの代わりに2本も食べてしまいました。 ちなみに軽トラ市のお店の方に聞いたところ、とうもろこしは茹でて食べるより蒸して食べたほうが甘みが増して美味しいとのことで、その通りでしたよ。 とうもろこしの旬はいつ? 目についたちょっと大きな野菜の直販所があったので、そこに立ち寄ってみました。 そこではもうとうもろこしは売り切れてしまっていて、この時期には珍しい白菜を買いました。 そこのおばさんに「とうもろこしはいつまでが旬なの?」と尋ねたところ、「お盆過ぎから9月の終わりころまでくらいかなぁ。 でも今年は夏が暑かったからそれまで持たないかも」ということでした。 ということは、 開田高原のとうもろこしの旬の時期は8月中頃から1ヶ月くらいということです。 開田高原は涼しいし、夏の暑さを逃れてドライブがてらにとうもろこしを買いに行くのにはちょうどいい時期ですね。 そばも絶品でした(高原食堂) 信州のグルメと言えばそばですよね。 国道18号線沿いの畑はとうもろこしとそばがたくさん栽培されていて、立ち寄った「木曽馬の里」でもそばの花が綺麗でしたよ。 去年はあてもなく車で走っていて目についたおそば屋さんに入ったのですが、今年は観光案内所で美味しいおそば屋さんを聞いていたので、そこに向かいました。 すると去年入ったおそば屋さんが勧められた「そば処たけみ」だったことを知り、今回はすぐ近くのもうひとつのお勧めの 「高原食堂」におじゃましました。 行った時間が11時と早く、行ったときにちょうど板前姿のあんちゃんがのれんを出したところでした。 このお店が商売っ気がないというか、表の自販機は故障したまま、店内に入ると「人手が足りないため、そばしか提供していません」との張り紙が。 もちろん天ぷらそばはなし、メニューもざるそばとかけそばと月見そばしかなく、席も6人がけのテーブルが三つ、4人がけのテーブルが一つ、それに座敷に6人がけの座卓が二つとかなりの人数が入れるのに、客席を担当しているのは耳が少し遠いおばちゃん一人。 奥で調理しているさっきのあんちゃんと母子なんだろうなぁなんて想像してしまい、どこも人手不足は深刻なのかと心配になってしまいました。 「そばの提供には時間がかかります」と張り紙がありましたが、私はざるそば3枚、奥さんはざるそば2枚を注文し、20分くらい待っただけでそばが運ばれてきました。 そばはコシがあり、もっちりしている割には歯ごたえもあって香りも良く、ツユとのバランスも絶妙。 そば湯を入れて飲んだツユは、これまでの中で一番旨かったような気がします。 私が食べ始めるころにはテーブルはすべて埋まり、名前を書いて外で待っている人もいました。 あとでネットで調べると、高原食堂はそば通が足繁く通う人気のお店だそうです。 お昼ころに行っていたら、暑い中で待たされるハメになっていたんですね。 早く行ってよかったぁ~。 温泉もよかったぁ~ 旅に温泉は付きものということで、事前に調べていた「御嶽明神温泉 やまゆり荘」に行きました。 ホームページでは施設老朽化で漏水したとあり、入浴料も450円と安かったのでそれほど期待してはいませんでしたが、行ってみるとそれほど古さを感じることもなく、良かったですよ。 お湯は少し濁った茶褐色で、この色はお湯に含まれている鉄分が酸化した色だそうで、お湯の効能は神経痛や筋肉痛、冷え性やうちみ、くじきなど、飲用しても糖尿病や肝臓病などにもいいそうです。 内湯と同じくらいの広さの露天風呂もあり、天気がいい日は露天風呂から御嶽山が望める抜群のロケーションです。 私が行った時は太陽も顔を覗かせていたのですが、御嶽山は雲がかかり裾野しか見られませんでした。 上の写真の左上に黒く見えるのが御嶽山で、その上の白いものが雲です。 晴れていたら山頂までくっきりと見られたでしょうね。 最後に 開田高原ではとうもろこしの甘さを増すために間引きをしているそうです。 1本の苗からできるとうもろこしの数を減らして、少ないとうもろこしに養分を集中させているわけです。 広い畑のすべてのとうもろこしを間引きするには相当な手間が必要だと思うんですが、その手間があってこそ甘くて美味しいとうもろこしができるんですね。 来年もまた美味しいとうもろこしを買いに開田高原に行くぞ~。 家の畑でもとうもろこし作りに挑戦しようかな。

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著者が何年、何十年とクリスチャン生活を送っていく中で、いつも感じたり、こだわっているのは、イエスさまが共にいてくださるかどうか?です。 それは日常生活でもそうですし、こんな風に神さまの働きをさせていただいているときもそうですし、あるいは聖書を読んだりお祈りをしたりしているときも、そうです。 いつもいつもイエスさまが共にいてくださるといいなぁ・・・と、そんな風に思っています。 ところで以前の著者は、あまり聖書をよく読んでいませんでしたし、ろくに祈ってもいなかったので大きな誤解をしていました。 クリスチャンになった人と・・・つまりすべてのクリスチャンとイエスさまはいつでも一緒にいてくださるものだと思っていました。 でも、聖書を多少なりともまじめに読むようになり、真の意味合いでイエスさまのことを少しずつ知っていくようになって、「そうではないんだ」ということに気付きました。 それに関して、聖書のことばを見てみましょう。 〔聖書箇所〕ヤコブの手紙 4:6 4:6 しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。 ですから、こう言われています。 「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。 」 「神は、高ぶる者を退け」と書かれています。 KJV訳では「自慢や誇りや高慢に抵抗する、無視する」とあります。 つまり、たとえクリスチャンと称していても・・・もし、自慢をしたり、誇りを持っていたり、高慢になっているなら、神さま(イエスさま)から抵抗されたり、無視されてしまうのです。 「抵抗される」とは、イエスさまから拒まれてしまうことですよね。 「無視される」ということは、イエスさまから相手にされないことですよね。 ゆえにイエスさまが共にいてくださらない、ということなのです。 たとえばあなたに友人がいて・・・でも、その友人が、やたらと自慢話をしたり、高慢な態度ばかり取っていたらどうでしょう?自分はあれができる、これもできる、豪邸に住んでいる、素敵な伴侶や家族に恵まれている等・・・そういう人とずっと一緒にいたいと思いますか?少しずつ距離を置きたい、なんていう風に思うのではないでしょうか?きっと神さま(イエスさま)も同じだと思います。 では、イエスさまはどんな人と共にいてくださるのでしょうか?その答えが、冒頭の詩篇のみことばに書かれています。 ズバリ!「砕かれたたましい」の持ち主と、共におられるのです。 ちなみに「たましいの砕かれた者」のところは、KJV訳だと「罪を深く悔いている霊、心」とあります。 たとえば罪を犯したり、失敗をしたりしてしまったときに、「ああ、あんな罪を犯してしまった、こんな失敗もしてしまった、自分は本当に罪深い者だ、みじめな者だ、でも、神さまどうか憐れんでください、赦してください、そしてどうか悔い改めへと導いてください」と、そんな風に神さまに心を注いでいる人のことを言われているのではないかと思います。 また、詩篇の別の箇所では「神へのいけにえは、砕かれたたましい。 砕かれた、悔いた心。 あなたは、それをさげすまれません。 」とあって、こちらもさきほどと同じように、KJV訳では訳されています。 このことから、たとえ罪を犯すことがあっても、しかし、「罪を深く悔いる」ことが、いかに大事かが分かりますよね?しかも、私たちがそのような態度を神さまの前に表明するなら、ことさらに神さま(イエスさま)は憐れんでくださり、悔い改めにも導いてくださり、共にいてくださるのです。 こういうことは、たしかに世の中では受けないことかもしれません。 また、多くの人がこのような生き方を受け入れることはできないかもしれません。 はたまた選ばないかもしれません。 でも、もしも、志を感じましたら、ぜひ、神さまに求めていきましょう。 時として著者も失敗をしたり、罪を犯しますが・・・ではあっても、日々、このような歩みをスタンスにしています。 そして良くも悪くも、色々と学びをさせていただいています。 うまくいくことばかりか?と言うと、そうではない、ということです。 それこそ少しでも高慢や誇りや自慢が浮上するなら、すぐにイエスさまは去ってしまわれることも体験しています。 逆に、悔いた心になっていくときに、失敗や犯してしまった罪はともかく、イエスさまがそばにいてくださっているなぁということを感じます。 高慢 or 悔いた心のどちらが良いか?なんていうことは取り立てて言わなくても、重々ご承知だと思います。 もちろんはじめから失敗や罪を犯さないに越したことはないのかもしれませんが、しかし、そうではあってもイエスさまが共にいてくださることを、求めていきたいと思います。 ぜひ、「砕かれたたましい」すなわち「罪を深く悔いた心」となって、いつでもどんな時でも、イエスさまに共にいていただきたいですね!たとえ失敗をしながらも、しかし生涯このことに目を向けていくなら、イエスさまは共にいてくださいますので、天の御国にゴールできるでしょう。 反対に、どこまでも自分を正当化して罪を悔い改めずに傲慢になったり、あるいは自慢や誇りに向かっていくときに、イエスさまが共にいることはありませんので・・・ゆえに天の御国は難しいと思いますので、気をつけていきたいと思います。 繰り返しますが・・・ぜひ、神さまの前に絶えず「悔いた心」になって、イエスさまと共にいたいと思います。

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ありがとう 歌詞 FUNKY MONKEY BABYS( ファンキー・モンキー・ベイビーズ ) ※ www.granddiwalimela.com

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1992年3月18日、神奈川県に生まれた山崎直也君。 お父さんっ子で元気でわんぱく。 どこにでもいるようなごく普通の男の子でした。 あの病魔に襲われるまでは… 5歳の直也君を襲った病魔、それはユーイング肉腫と呼ばれる悪性のがんでした。 出典: 手術で腫瘍は切除されましたが、抗がん剤の副作用に苦しむ日々が続きました。 ユーイング肉腫は10万人に1人と呼ばれる難病。 出典: 骨のがんのため転移しやすく、再発を防ぐために強い放射線と抗がん剤での治療が必要だったのです。 一時は学校に通えるまでに回復しました。 しかし、その後も直也君は再発と手術を繰り返します。 そんな彼をそばでいつも支えていたのは、母親の敏子さんでした。 痛みに耐えながらも一生懸命病と戦う我が子を見て、「代われるなら変わってあげたい」と言っていた敏子さん。 しかし… でも直也はそのたびに力を込めて、 『ダメだよ』とかぶりをふり、『ナオでいいんだよ。 ナオじゃなきゃたえられない。 おかあさんじゃむりだよ』 きっぱりとそういうのです。 自分が一番苦しいはずの直也君は弱音を吐くどころか、必死でお母さんを気遣って励まそうとしていたのです。 しかし、そんな直也君の頑張りとは裏腹に、病状はさらに悪化。 そして2001年6月、がんはついに骨髄に転移してしまいます。 出典: それは全身にがんが転移したこと、そしてもうなす術が無いことを意味していました。 痛みは日を追うごとに激しくなり、それでも生きることを信じて直也くんは手術を求めます。 しかし、もはや医師達にできることはモルヒネを投与して痛みを和らげることだけでした。 やがて器官が炎症を起こし気道を圧迫、呼吸困難の発作が直也くんを襲います。 全身を震わせ、身をよじらせて苦しむ息子の姿。 母の敏子さんはパニックに陥り、泣きながら主治医を探しました。 もうダメかもしれない… 幸い直也君は持ち直すことができましたが、発作が少し収まった時、医師からの宣告が、「もってあと半日…」 病室に戻って気丈に振る舞おうとする母。 その時、直也君は9歳の少年とは思えない力強い言葉を発したのです。 あの日、息苦しさが少し収まってから、直也はこうもいいました。 『おかあさん、さっきナオがあのまま苦しんで死んだら、おかしくなっていたでしょ。 だからナオ、がんばったんだよ。 それでも苦しかったけど。 おかあさんがナオのためにしてくれたこと、ナオはちゃんとわかっていたよ。 「先生早く!」って叫んでいたよね。 でも安心して。 ナオはああいう死に方はしないから。 ナオはおじいさんになるまで生きたいんだ。 おじいさんになるまで生きるんだ。 頑張れば、最後は必ず幸せになれるんだ。 苦しいことがあったけど、最後は必ずだいじょうぶ』 命の瀬戸際で、痛みに耐えながらも、直也くんはお母さんを安心させようとしていたのです。 出典: 2001年7月2日、直也君は静かに息を引き取りました。 医師の「あと半日」という宣告から、2週間が経っていました。 直也くんが入院中、看護婦に言った言葉があります。 あのね ナオは今死ねないんだよ。 お母さんの心の準備が出来ていないから、今はまだ死ねないんだよ 旅立つには、家族にもう少し時間が必要だということを悟っていたのでしょうか。 5歳で発病し、その後5度の再発、4度の手術を経て、9歳という短い生涯を閉じた直也君。 亡くなった直後は涙を流さなかったという敏子さん。 それは、死の直前に直也くんがこんな言葉を残していたから。 「もしナオが死んでも暗くなっちゃダメだよ。 明るく元気に生きなきゃダメだよ。 」 「身は滅びても命は永遠だよ」 そして2007年、ある一冊の本が出版されました。 『がんばれば、幸せになれるよ』と題されたこの本は、小児がんと闘った少年が遺した言葉の数々を、母である敏子さんが綴ったもの。 病床にあっても家族への思いやりを忘れず、辛い治療に耐えながらも生きることを決して諦めなかった9歳の少年。 子どもとは思えないほど優しく力強い言葉に、多くの人が心を打たれました。 母敏子さんの手記は新聞やテレビでも話題になり、全国の人々が直也くんの言葉に勇気と励ましをもらい、「生きるということの大切さ」を教わりました。 生きることに対する執念、家族への愛情にあふれる直也くんの言葉の数々は、どれも深く心に響きます。 出典: 日々を精一杯に生き、大切な人への愛と感謝を忘れないようにしなければならないということを改めて教わりました。 こんな記事も読まれています• 毎日面白い話題が絶えないTwitter。 芸人の妻 第一線で活躍する芸人たちの影に妻あり。 浮き沈みの激しい芸能界において、芸人である夫を支え盛 […]• naver. jp 最近の山下智久さん(以後:山ピー)の髪型のイメー […]• ameba. jp 「報道の自由」 私たちが遠く離れたところにいても、現地 […]• 免許取 […]• 普段、漫画はあまり読まないけど、小さい頃に『りぼん』や『なかよし』などの少女漫画雑誌を毎月楽しみにしていたアラ […].

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