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7年ぶり共演!小島瑠璃子に擁護の声が上がったデヴィ夫人との“確執”

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タレントのデヴィ夫人が1日、公式ブログで、愛子内親王殿下と、雅子妃殿下批判を展開した。 デヴィ夫人は1日、「皇太子殿下 ご夫妻の『叱らない 子育て』の是非」と題してブログを投稿。 「少し前に、某週刊誌に驚くべき愛子さまのお振る舞いが書かれていました。 」と記し、週刊誌に3回にわたり、特集された記事内容を引用して掲載。 「この記事を読み私は『おかしい!』と感じました。 」と皇太子殿下ご夫妻の「子育て」「躾(しつけ)」に対し、疑問を投げかけた。 デヴィ夫人は、記事に書かれていた愛子さまのお振る舞いについて、気になる点を以下のようにピックアップ。 「ましてや他の子供たちの模範となるべき『宮様』なのです」と強調し、ほかの「宮家」については「(宮家に)相応しい行動をなさっていらっしゃいます。 」と記した。 また、「皇族の方はどうしても周りから注意をうけにくいので、だからこそ自らを律して、模範となるくらいの心構えをお教えできるのは、親である皇太子ご夫妻だけではないでしょうか。 」と提言。 「この愛子さまが将来『宮家』をもつことになり、雅子さまが皇后陛下になられた時、人心が皇室から離れてしまうのではないかと憂慮いたします。 」と締めくくっている。

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7年ぶり共演!小島瑠璃子に擁護の声が上がったデヴィ夫人との“確執”

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ハーフではありません。 貧しかった少女時代 デヴィ夫人のお父さんは、大工の棟梁だったのですが、 お人好しで、お金を取らずに家を建てられていたことから、 家庭は貧しかったそうで、 デヴィ夫人は、1955年、15歳の時、 貧乏から抜け出すために女優になろうと決意されると、 「東芸プロダクション」に研究生として入団。 演技や舞踊などを習い始めると、 エキストラとしてテレビや映画に出演され、 お金を稼ぐようになったそうです。 中学時代のデヴィ夫人 そして、中学卒業後は、定時制高校に進学されるのですが、 エキストラだけでは満足な収入が得られなかったため、 「千代田生命保険会社」(現・ジブラルタ生命保険)に就職され、 お昼休みの1時間は会社の近くの喫茶店でアルバイトを、 土日もコーヒーショップでアルバイトをして、 貧しい家計を支えられたのでした。 高校時代のデヴィ夫人 高級クラブ「コパカバーナ」で働き、世界進出を模索 しかし、1956年には、 お父さんが亡くなってしまい、高校は中退。 ただ、その後も引き続き、様々な仕事を掛け持ちして、 家計を支えられていたデヴィ夫人は、 翌年の1957年、17歳の時に、 アメリカ人宝石商のジェイムズ・ベイカーさんと知り合われ、 お金持ちだったベイカーさんに、 いろいろなところに連れて行ってもらうようになると、 その中のひとつ、赤坂にある有名高級クラブ、 「コパカバーナ」に出入りするようになります。 そして、 「コパカバーナ」のオーナーだった、 長尾久子さんに気に入られ、 「コパカバーナ」で働き始めると、 持ち前の美貌で 「プリンセス」と呼ばれるなど、 瞬く間に人気者となられたのでした。 18歳当時のデヴィ夫人 ちなみに、デヴィ夫人は当時を振り返り、 お客さんの90%が外国人。 世界の社交場のような名声を得ていて、 当時の大学新卒の給与が1万ぐらいだった時代に、 その時のテーブルチャージは、 フランク・シナトラが歌った夜は1人10万円。 どのぐらい豪華なクラブだったかお分かりかしら。 新聞の朝刊に米上院議員のテッド・ケネディ氏が来日したとあると、 その夜には彼の姿がそこにあるぐらいの世界の社交場。 ここで働く女性はファッション誌から抜け出したような人たちばかり。 そして、ここへ遊びにいらっしゃる紳士たちは女性の椅子を引き、 飲み物をオーダー、ダンスをする時は手を差しのべる、 すべてがレディーファースト。 わたくしは美しい花、 そう「レディ」に憧れを抱いておりました。 と、明かされているのですが、 実は、デヴィ夫人が 「コパカバーナ」で働く理由には、 自立や家計を支えること以外にも、英語を話せるようになる、 という目的もあったそうで、 働きながら、英会話の練習をする日々を送り、 一流の外国人と会話を交わしながら、 世界進出を模索するチャンスを伺っていたのでした。 スカルノ大統領との出会い すると、1959年、19歳の時、 旧帝国ホテルのプルニエ(フランス風の魚介類料理専門のレストラン) で友達と待ち合わせをしていたところ、 ちょうど、来日中で、同ホテルでパーティーをしていた、 インドネシアのスカルノ大統領に一目惚れをされ、 なんと、その場で、大統領の側近から、 大統領と一緒にお茶を飲みませんか? と、誘われると、案内されるままに、 大統領の隣に座らされたそうで、 スカルの大統領と当時20歳のデヴィ夫人。 (大統領官邸ムルデカ宮殿にて) デヴィ夫人は、その時のスカルノ大統領について、 大きな目はキラキラと輝き、チャーミングな八重歯が印象的。 第一印象で、慈悲深い大きな優しさを感じ、一瞬、 イナズマに打たれた気がしたのは今もハッキリと覚えています。 クラブで働いていたので、 外国の富豪とは対等にお付き合いしてきましたが、 それでもその時の雰囲気は特別! とても緊張しましたが、 しばらく談笑してその日はお別れいたしました。 と、明かされています。 Sponsored Link 文通後、インドネシアへ その後、デヴィ夫人は、スカルノ大統領から、 「写真を送ってほしい」と手紙をもらったそうで、 写真を添えて返信されると、 それ以来3ヶ月間、文通されていたのですが、 ある日のこと、いつものように、 スカルノ大統領からの手紙を受け取ると、 そこには、 2週間ぐらいインドネシアに遊びに来ませんか? と、書かれてあったのだとか。 実は、当時、デヴィ夫人は、 アメリカやフィリピンの大富豪たちから求婚されていたそうで、 それでも、自分の人生は他にあるのではないかと、 決めかねていた折の、スカルノ大統領からの誘いに、 多少、国の大統領であるという不安はあったのですが、 「インドネシアへ行ったら、何か閃めきがあるかもしれない」 と、思われたそうで、 インドネシア行きを決意されたのでした。 に続く.

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デヴィ夫人は若い頃のコールガール時代にハーフ顔に整形した疑惑が!

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デヴィ夫人は若い頃に父親の死を境にコールガールをして家庭を支えていた デヴィ夫人は港区立高陸中学校を卒業後、普通科の都立高校に進学する予定だったが、家庭が貧しかったため都立三田高校の定時制に進学し、昼間は仕事で夕方から勉強という生活を送っていました。 当時150倍以上の倍率があった千代田生命保険 現在はジブラルタ生命保険 に入社。 しかし、高校在学中に父親がなくなってしまい、さらに生活が苦しくなる。 デヴィ夫人はすぐに高校を中退し、赤坂の高級クラブで働くことに。 デヴィ夫人は高級クラブでホステスとして働いていたと言われているのですが、実はその高級クラブに来るVIP達のコールガールをしていたのではないかと噂されているのです。 なぜ「デヴィ夫人がコールガールをしていた」と言われているのか?それは16歳で歯を総入れ歯にしたから。 高級クラブに来るVIPはほとんどが海外の政治家。 そんな政治家達の夜の接待をする際に気を使って総入れ歯にしたのです。 男性のブツを舐める時に歯が当たってはいけないからと気を使ってのことなのでしょうが、デヴィ夫人ならやりかねないでしょうね。 ちなみにデヴィ夫人に「なぜ総入れ歯にしたのか?」と質問したところ「見栄えがいいから」と答えたそうです。 デヴィ夫人の娘カリナとは仲が悪い? デヴィ夫人には1人だけ娘さんがおり、名前はカリナ。 2018年現在のカリナさんの年齢は50歳で、デヴィ夫人が25歳の時に産んだ1人娘。 カリナさんはニューヨークでファッションブランド『ヴィヴィアン・ウエストウッド』に勤めていた時に、アメリカの大手銀行シティバンクのCEOと結婚をしました。 旦那さんの年収も10億以上あり、現在はロンドンとジャカルタを行き来する生活を送っているようです。 ちなみにお子さんはキラン君1人だけで、小さいころから英才教育をしているそうです。 そんなデヴィ夫人の一人娘のカリナさんとデヴィ夫人が不仲だと言われているのです。 デヴィ夫人の元旦那スカルノ元大統領の死亡を聞いたデヴィ夫人。 その知らせを聞いた時、フランスで娘と2人で暮らしていたのですが、当時11歳だったカリナさんを置いて1人で遺産を受け取りにインドネシアに行ったのです。 そのことにカリナさんはショックを受けていまだに根に持っているのではないかと言われているのです。 デヴィ夫人がカリナさんを置いていくのは仕方ないことだと思いますが、子供の頃に傷ついたことって結構覚えているもんですよね。 デヴィ夫人がハーフ顔なのはなぜ? 実はデヴィ夫人はハーフではないのです。 両親はどちらとも日本人で東京生まれの東京育ち。 前の名前は根本七保子 ねもと なおこ で、現在はラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ。 高い鼻に彫りが深い顔、そして英語も話せることからハーフだと勘違いしていたようです。 ただハーフっぽく整形したのでは?という疑惑も出ています。 1960年代の女優や歌手のファンたちの間では「顔が変わってない?」ということがたまにあったそうで、松田聖子さんや小泉今日子さんなどはデビュー時からどんどん顔が変わっていったと噂されていたのです。 デヴィ夫人は16歳から総入れ歯にしていたし、歯をいじっているなら顔もいじっている可能性は高いと思われます。 「昭和の芸能人たちは整形なんかしてない」と言う人がいますが、「10代でデビューして次の年に顔を見たら目が違うとかって人は普通にいましたよ」と当時の音楽番組プロデューサーは語っています。 デヴィ夫人は資産は60億以上?収入源はどこからきている? デヴィ夫人はお金持ちなのはみなさんもご存知だと思いますが、なぜそんなにお金持ちなのか疑問に思っていますよね? 実はデヴィ夫人の総資産は60億円以上あるのではないかと言われているのです。 まず東京都渋谷にある自宅は11億円以上、さらにパリの別荘とニューヨークの不動産を合わせて30億円は最低でもある。 さらにタレント活動も積極的にやっており、基本的にNGはないためタレント業での年収は2億ほど。 また元旦那のスカルノ元大統領が亡くなった後に貰った遺産を使ってインドネシアで石油事業を手掛ける。 それで半永久的に何もせずに毎年数億単位で銀行口座に振り込まれているそうです。 デヴィ夫人は元旦那の死後色々な事業に手掛けていたからこそお金持ちになったのでしょうね。 さすがです! デヴィ夫人は傷害罪で1度だけ逮捕されたことがある 実はデヴィ夫人は過去に1回だけアメリカでの逮捕歴があります。 事件が起きた場所はホテルのパーティで、そこにはオーストラリア系の貴族やドラルドトランプの元妻だったイヴァナトランプや世界トップ20の資産家デイヴィットコークなどが出席していました。 パーティーの数か月前からデヴィ夫人とフィリピン大統領の孫娘ミニーさんの関係が悪化。 そして、パーティーの当日、ミニーさんがデヴィ夫人に向かって「娼婦」と侮辱をしてきたためシャンパングラスに入っているワインを浴びせようとしたら、誤ってグラスがミニーさんの顔に当たってしまった。 ミニーさんは37針を縫う大怪我をし、デヴィ夫人は傷害罪で逮捕された。 この事件は当時のアメリカで、1年間に渡ってメディアが報道するぐらい有名な事件だったそうです。 デヴィ夫人は昔コールガールをやっていたと言われていたので、やっぱりそういったセレブの間でも娼婦でのし上がったと噂されていたんでしょうね。

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