新海 誠 大学。 新海誠プロフィールと経歴!名前の由来や読み方!実家の父親は社長?|なんとかなるイイよ!

新津ちせの父親は新海誠で母親は東大卒女優!生意気やコネ疑惑はデマ?

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」や2019年の「天気の子」など数々の有名作品を手掛けています。 今週の日曜日はドリパス『君の名は。 今ドリパスのサイトを見たら残り1席でした! 😳 『君の名は。 』『天気の子』を同時に観たい方、お早めに! 1973年2月9日生まれで現在47歳、娘の新津ちせさんは現在9歳なので38歳くらいの時のお子さんということになります。 新津ちせさん以外のお子さんがいるという情報はなく、映画業界関係者のインタビューの中でも『ひとり娘』という言葉が出ているので、おそらくお子さんは新津ちせさんだけだと思います。 大人になってから誕生した娘さんなので、本当に可愛くて仕方ないでしょうね。 新津ちせの父親が新海誠だと判明した経緯は? 新津ちせさんの父親が新海誠さんだと世間に知れ渡ったのは、2017年3月の映画『3月のライオン』公開間近の頃でした。 新津ちせさんが出演した映画「3月のライオン」の撮影が終わった打ち上げの二次会の席で、出演者やスタッフとの会話の中で発覚したと言われています。 撮影が終わるまで一切その話はなかったそうで、共演者は後からその事実を知ってかなり驚いたと思います。 延世大学は韓国でもトップクラスの名門私立大学で、韓国語学堂は延世大学の付属教育機関として外国人向けに韓国語や文化教育を行っているそうです。 韓国語もペラペラなんでしょうね。 三坂知絵子さんの学歴は、高校から大学院まで一貫して「エリート」そのもの。 社会学者の宮台真司氏の秘書を務めたこともあるそうで、まさに才色兼備ですね。 現在は自身で映画をプロデュースしながら、新海誠監督の裏方仕事をこなしつつ、女優としても現役でバリバリ活躍されています。 【三坂出演映画お知らせ】 映画「指の輪のなかで」(緒方一智監督)が第6回八王子ShortFilm映画祭にて一般部門の審査員特別賞を受賞しました!嬉しいです!ありがとうございました。 私は主演お二人の母役でした。 〈出演〉 杉山宗賢 小原徳子 三坂知絵子 大楠祐司 妹尾幸乃 — 三坂知絵子 misakachieko misakachieko ここまで完璧な女性ってなかなかいないですよね。 新津ちせの父親と母親の出会いは大学院 新海誠さんと三坂知絵子さんの出会いは、東大の大学院だったそうです。 「メディア学者・アニメ評論・映画論」に精通した東京大学の名誉教授・浜野保樹さんのゼミに三坂知絵子さんが所属していて、浜野教授のプロジェクトに携わる中で新海誠さんと出会いました。 浜野保樹先生の訃報を、夫からのメイルで知りました。 信じられません…ショックで言葉が出てきません…。 東大の大学院で、私は浜野ゼミ所属でした。 浜野先生が関わるプロジェクトをお手伝いしている時に、夫と知り合い、それが縁で結婚し、娘も生まれました。 浜野先生、本当にありがとうございました。 — 三坂知絵子 misakachieko misakachieko メディアや映画を研究するクリエイター同士、交際に発展するのも納得ですよね。 新海誠さんは三坂知絵子さんをかなり信頼していて、脚本ができると意見を求めるそうです。 時には意見が対立することもあるそうですが、あの大ヒット作「君の名は。 」を見せた時は三坂知絵子さんは「すごくいい」と言ってくれたそう。 「君の名は。 」は実際に大ヒットしましたし、さすが奥様の三坂知絵子さんの見る目はプロですね。 公私ともに尊敬し支え合えるパートナーという感じでカッコいいですね! 新津ちせは本名? 新津ちせさんの父親・新海誠さんの本名は『新津誠』なので、名字の『新津』は本名ということになります。 『ちせ』という名前も本名なのかは分かりませんが、子役は本名で活動するケースが多いので、おそらく名前も本名だと思います。 パスポートセンターで 月海に声を掛けてきた可愛い女の子は、劇団ひまわり所属の新津ちせちゃん(7歳)。 実は「君の名は。 」の新海誠 監督の娘さんだったりします。 — ひぞっこ musicapiccolino それにしても、父親の新海誠さんはなぜ芸名を使っているのでしょうか? その理由は新海誠さんの父親の会社の存在が関係している可能性が高そうです。 新海誠さんの実家は長野県で明治42年から3代続く「新津組」という老舗の建築会社。 年商70億円のゼネコンの経営者・新津正勝さんが新海誠さんの父親です。 新海誠さんは大学卒業後、「イース シリーズ」で有名なゲーム会社『日本ファルコム』に就職していて、家業を継がない道を選んでいます。 の 監督のインタビュー。 SF、コンピューター、文章、絵本。 一見ばらばらな「好きなもの」を合体できる総合力は「自分だけが持っている」と確信したのは、 に就職し、3DのCGなどに触れたときでした。 10日付朝刊より。 — NIKKEI The STYLE NIKKEITheSTYLE 業界で活躍するにあたり「新津の名の恩恵は受けない」という決意と覚悟から、「新海」と名乗るようになったそうです。 そして今や世間ではアニメーション作家・映画監督として「新海」の名が有名になりました。 そんな自身の経験もあるからこそ、娘の新津ちせさんを業界に入れるときは「新海」の名ではなく「新津」という本名でチャレンジさせたのではないでしょうか。 新海誠さんも新津ちせさんも親の名前を借りないのは立派ですね! 新津ちせのデビューのきっかけは? 新津ちせさんは4歳の時に、ミュージカル「ミス・サイゴン」でデビューしています。 三坂知絵子さんも10代の頃から劇団に所属していたので、その影響が大きそうですね。 子役として活躍する新津ちせさんの芸能活動は、母親の三坂知絵子さんが面倒を見ているようです。 映画やCMで大活躍の新津ちせさん、実力も評価されているので今後さらに活躍の場が増えそうですね。 新津ちせが生意気と言われる理由は? 天真爛漫で可愛いイメージの新津ちせさんですが『生意気』という噂もあるそうです。 なぜ生意気と言われてしまうのでしょうか? 理由は「君の名は。 」で父親の新海誠さんがインタビューを受けた時のコメントにありました。 最近は、生意気なことをいっぱい言いますね。 この作品を作り始めたときから知っていますから、完成まで2年かかるのを見て『まだできないの!? 』なんて言われてカチンときたり(笑)。 映画がヒットしているのはわかってるみたいで、近所のコンビニに行ったとき、『パパ、顔がコンビニの人にバレちゃうよ』って。 彼女のなかでは、僕は超有名人になってるんでしょうね。 6歳の娘が自分を超有名人だと思い心配してくれてるなんて、可愛い以外の何物でもありません。 生意気というのは照れ隠しで、真相は新海パパが娘を溺愛しているという微笑ましいエピソードでした。 新津ちせはコネでなく実力で活躍 父親は有名監督、母親は女優ということで、新津ちせさんの活躍に「親の七光り」「コネ」というイメージを持ってしまっている人もいます。 両親が有名な場合、必ず言われることですが、新津ちせさんは実力で勝負しています。 新津ちせさんは新海誠さんとの親子関係が知れ渡る前から活躍していますし、関係についても公表してきませんでした。 2017年の『三月のライオン』でヒロイン三姉妹の末っ子「モモちゃん」を演じた新津ちせさんですが、オーディションでも親の名前は一切出さず、実力で役を勝ち取りました。

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学生時代や就職、影響を受けた人

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新海ワールドをTシャツで表現 2016年、映画史に残る大ヒットとなったアニメーション映画「君の名は。 」そして、7月19日(金)から最新作「天気の子」が公開。 両作品で監督を務めた新海誠監督とユニクロのグラフィックTシャツブランド・UTとのコラボレーション「新海誠コレクションUT」が映画公開に先立ち7月15日(月・祝)からスタートする。 今回のコラボレーションで展開されるパターンは全7柄。 」では夕暮れを表現した美しいデザインは必見。 その他、作品内のキーアイテムである「組紐」 「君の名は。 」 をはじめ、日本の伝統を取り入れた象徴的なモチーフや作中の印象的なシーンをピックアップしてデザインしたものなど。 新海誠監督作品の世界観がTシャツの中で最大限に表現されている。 最新作「天気の子」も間もなく公開。 このコラボTシャツを着て劇場へ行くっていうのもファンなら楽しいかも!? 「君の名は。 」 新海誠作品コレクション UT 各1500円 全7柄(「君の名は。 2002年、個人で制作した短編作品「ほしのこえ」でデビュー。 2004年公開の初の 長編映画「雲のむこう、約束の場所」では、その年の名だたる大作をおさえ、 第59回毎日映画コンクール「アニメーション映画賞」を受賞。 2007年公開の 「秒速5センチメートル」で、アジアパシフィック映画祭「最優秀アニメ賞」、イタリアの フューチャーフィルム映画祭で「ランチア・プラチナグランプリ」を受賞。 2013年に 公開の「言の葉の庭」では、ドイツのシュトゥットガルト国際アニメーション映画祭 にて長編アニメーション部門のグランプリを受賞。 2016年『君の名は。 』公開、 次世代の監督として国内外で高い評価と支持を受けている。

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【パプリカ】フーリン(Foorin)に新海誠の娘がいる?気になるプロフィールは?お父さんに似ている?

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INDEX• 『Macの向こうから』キャンペーン登場を機会にインタビュー 昼から夜に移り変わる短い時間に刻一刻と変わる美しい空の描写を背景に、若い男女のみずみずしい感情の移り変わりを描き、世界を席捲した『君の名は。 』『天気の子』を監督した新海誠監督にインタビューする機会を得た。 どうしても聞きたかった話を、3編のインタビューにまとめたので、お楽しみいただきたい。 1本目は、そのクリエイティブを実現したコンピュータの話。 2本目は『君の名は。 』に登場したiPhoneに隠された細かな設定。 3本目は『君の名は。 』と『天気の子』の対照的な物語についてだ。 『君の名は。 』三葉と瀧君のiPhoneに隠された秘密〈新海誠インタビュー02〉 『壊れたままの世界』で生きて行くMacBook世代へのエール〈新海誠インタビュー03〉 最初の短編映画は、1台のMacで作られた 『君の名は。 』で興行収入250億円を突破し、一躍世界的な存在となった新海誠監督。 本作で彼の名を知った人も多いことだろう。 しかし、マニアの間ではその独自性の高い『新海ワールド』の魅力で、一作一作着実にファンを増やして来た監督でもある。 なんといっても伝説的なのは、初の商業デビュー作品である『ほしのこえ』を、ほぼたった一人でMacを使って自宅で作り上げたというエピソードだ。 2002年2月に公開された『ほしのこえ』は、25分の短編アニメーション。 キャッチフレーズは『私たちは、たぶん、宇宙と地上にひきさかれる恋人の、最初の世代だ。 』というもの。 地上に残ったノボルと、異星人と戦うために国連宇宙軍の艦隊に所属し、地球を離れ旅立つミカコの物語だ。 地球からの距離が広がるにつれて、次第にメールの往復にかかる時間も延びていく。 そして、さらにミカコは光を越える速度で遠くに向かい……という、宇宙的規模の少年少女の恋愛物語だ。 このアニメの監督、脚本、演出、作画、美術、編集……つまり制作にかかるほとんどすべてを新海誠監督が行った。 その時使われたのが、Power Mac G4 400MHz。 いわゆるポリタンクと言われた形状のG3の進化版のグラファイト色のモデルだ。 Adobe Photoshopで1枚1枚絵を描き、After Effectsでアニメーションにした。 ミカコの登場するロボットはLightWaveを使った3D CGで描いたという。 5分の短編、『彼女と彼女の猫』はPower Macintosh 7600で しかし、さらなる源流があるという。 それが、この1999年に作られた『彼女と彼女の猫』だ。 新海誠監督自身がYouTubeに公開している作品があるので、まずはそれをご覧いただきたい。 わずか、5分の作品ではあるが、この作品を 約20年前に、 前職のゲーム開発会社に勤めながら新海監督は約半年をかけて作り上げた。 今から考えると信じられないほど貧弱なマシンだ。 CPUはPowerPC 604の120MHz。 メモリーは標準でわずか16MB。 現代のMac Proの最大メモリー1. 5TBの、およそ10万分の1だ。 ストレージも標準で、1. 2GB。 その貧弱なマシンで、この作品を、しかもひとりで作り上げたというのには本当に驚かされる。 なんとひとりで1枚1枚 絵を Photoshopで描き、After Effectsで繋いで動画にしていったという。 映像を視聴いただけば分かる通り、猫である『僕』の声も新海誠監督本人だ。 しかも、絵の美しさも、心情描写のデリケートさも、物語性も、完全に今の新海誠監督に通じるものがある。 なんと、小学校4~5年生の時から、物語を作っていた 実はさらに源流がある。 若かりし日の新海少年のルーツについて聞いた。 ご存じのように、彼は長野県南佐久郡小海町に生まれた。 『君の名は。 』の舞台となった糸守町の風景の源流はこの土地にあると言われている。 「パソコンと出会ったのはとても早くて、小学校4年生か、5年生の時だったんです。 黒い画面に、緑色一色で文字が表示される、今から考えると 本当に 原始的なパソコンです。 日本語はカタカナしか表示できませんでしたし、出せる音もビープ音だけでした。 たとえそれだけでも、1台のパソコンで、絵も文字も音も扱えるというので、とにかく嬉しくてワクワクしました」 何がきっかけで、まだ当時一般的でないパソコンに、長野県に住む小学生が触れる機会があったのかはあまり覚えてないとのことだが、本屋さんでパソコン雑誌を買い、憧れたということのようだ。 ガンダムやドラえもんなどのアニメに出ていたパソコンにも影響されたという。 「その貧弱なパソコンで、絵本のようなものを作っていました。 絵をまず方眼紙に描いて、それをX軸Y軸の座標をとって画面に描画して、カタカナだけの文字で文章を表示し、教科書に載っていたような音楽をビープ音で演奏して、キーを押すとページがめくれて物語が展開するようなものでした」 なんと、これはもうひとつの映像作品だ。 驚くべきことに、小学校4~5年の時に、8ビットの単色グリーンディスプレイのパソコンで、新海監督は『絵と言葉と音楽』がある物語を作っていたのだ。 今から40年近く前、およそ10歳の時に、すでに新海誠監督の才能の萌芽があったのだ。 本当に驚くべきことだ。 就職した会社でのMacのとの出会い その後、シャープのX1 turboなども使ったという。 しかし、文学部だった学生時代には、レポートにはワープロを使ったりと少しパソコンから離れていたそうだ。 Macと出会うのは、社会人になって、就職してから。 「団塊ジュニアだったので、就職氷河期でした。 阪神大震災とかオウム真理教の事件などがあって、非常に世の中も混沌としていて自分も何をやっていいかわからなくて。 震災や大型台風、新型コロナウイルスに悩まされる今と少し通じるものがあるかもしれません。 同時にWindows 95が発売されて、インターネットを使えるようになって、何か新しいことが始まりそうな年でもありました。 そんな中でなんとか自分を採用してくれたゲーム会社がありました。 その加藤社長が昔アップルのディーラーをやってらっしゃったんですよね。 ロゴマークもアップルの6色リンゴに通じるものがあって、社長がジョブズの名言について語るようなこともあり……ある種アップルに憧れていた会社でもあったと思います。 そこでMacに出会いました。 機種は覚えていないですが、PerformerやPower Macintoshの時代ですよね」 当時、Windowsにもマウスがあったが、Macintoshのそれはまったく違うと感じたという。 Macの方がはるかに洗練されていたし、その時はじめて『パソコンで遊ぶ』ということが目的なのではなく、Macは何かを作る『手段』なのだと感じたという。 「その会社で働きはじめて2~3年経って、お金を貯めてPower Macintosh 7600を買いました。 旅行などにも一切行かず、自分の買える精いっぱいのMacだったと思います。 たしか、19万円ぐらい。 それにディスプレイも当時にしては大きめのものを20万円ぐらいで買い、AdobeのPhotoshopも10万円ぐらいだったでしょうか? 全部で50万円以上したと思います。 今と違って、銀行で下ろした現金を握りしめてソフマップに行って、大きな箱を持って帰りました」 サラリーマンを経験したからこそのクリエイティブ このパソコンで、自主制作したのが、前出の『彼女と彼女の猫』だ。 「僕はサラリーマンという経験を経たからこそ、何かを作りたいという気持ちに、 強く させられたと思います。 ひとつの象徴として、スーツを着て、毎朝満員電車に乗って、毎日終電で帰ってくるというような生活だったのですけれども、そういうことを繰り返していると、やっぱり疲れてくるし、気持ちも荒んでくる。 その中で切実に『作りたい』という気持ちにさせられたんだと思います。 」 「社会人生活の中で、何かを作らないと、この先の人生がしんど過ぎるんじゃないかと思って。 『何か作りたい』という気持ちになった時に、目の前にあった道具がMacでした。 映像はひとりで描けばひとりで済むし、稚拙なものでもカタチにできる。 声だけは周りの人にも手伝ってもらって。 音楽はできればやっていたのかもしれないけど、できなかったので同僚にお願いして。 本当にミニマムなスタイルでやってみたら、それが功を奏して、『これがやりたかったんだ』ということに気付いたんですね」 「『彼女と彼女の猫』は拡張子が. movのQuickTimeムービーでしかないんですが、完成直後に自宅の三菱のディスプレイにそれを一晩中リピートして見続けていた思い出があるんですね。 『自分から作品が出てきたんだ!』と。 嬉しくて。 そこから自分が本当にやりたいことはなんなのかと、考えながら進んできたら、それがアニメーション作品であり、監督なんだなと。 僕にとって、一番大事なのは『誰も見たことがない物語』を誰かに見せることができる、それなんですよね。 」 挫折と高揚感 もちろん、観客はとても重要だという。 「最初の『彼と彼女の猫』を下北沢のトリウッドという映画館でかけてもらえることになったんです。 自分にとってもはすごく巨大なことで、嬉しいから、会社の仕事が終わってから見に行ったんです。 そしたら、観客が誰もいなくて。 僕がひとりで見ることになってしまって。 結構そのことがショックで。 かけてくれる劇場にも申しわけないですし。 トリウッドの館主の大槻さんに相談したりもしました。 」 最初は自分の中にあるものが作品になることが嬉しかったが、その向こうに観客がいて欲しいという気持ちが強くなっていった。 だから、観客に見てもらう映画として『ほしのこえ』を作ったという。 「宇宙を舞台とした遠距離恋愛をテーマにして、ロボットを出して、シンプルなキャッチーさを求めました。 そしたら、トリウッドの観客動員数のレコードを更新するようなヒットになったんです。 朝から行列ができて、客足が本当に途切れなくて、一日中繰り返し上映していただいたんですけど、終電までそれが続いて。 上映が終わるたびに満員のお客さんがすごく拍手してくれるんですね。 あの時の高揚感。 「こういうことができるんだ」という喜びは忘れられませんね」 観客の声があるからこそ、次作へのモチベーションが高まるという。 シビアな時代だが幸運でもある今の若者へのエール ただ、新海監督が若かった頃とは時代も違う。 今日より明日の給料の方が絶対に高かった時代だった。 今はそうはいかない。 若者の気持ちに寄り添った作品を作る新海監督は、未来の見えにくい今の若者たちのことを、どう考えているのか? 「今でももちろん、借金して何かを買う人もいなくはないと思いますよ。 昨日たまたま、恵比寿の喫茶店にいたら、隣でお茶を飲んでる若者が……どうもYouTuberらしかったんですけれども、高価な機材を頑張って買うという話をしていました。 僕なんかに見えないフィールドで頑張っている人もいっぱいいると思います。 」 「もう少し自分に近いフィールドのこともお話ししましょう。 絵を描いたりとか、映画を撮りたいと頑張っている人ですね。 今は厳しい時代ですが、流通や道具の条件についてはとても整っていると思います。 昔はアニメーションを一人で作るのは不可能に近かったのですが、Macなどのコンピュータが登場して、それは一人でも不可能ではないことになりました。 みなさんが使っているMacBookと僕が使っているMacBookはまったく同じですし、プロが使うソフトウェアも、ネットワーク環境も誰でも購入できます。 作れない理由はないと思うんですよね。 もちろん、本当に作りたいという気持ちが試されているシビアな時代でもあります。 でも、環境が整っているという意味では、本当に幸運な世代。 思い切って飛び込んで挑戦して欲しいと思います」 グリーンスクリーンの8ビットパソコンで創作を始め、Macを得てクリエイティブの翼を大きく羽ばたかせた新海監督の、それは若いクリエイターたちへのエールだ。 (村上タクタ).

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