君のいない日々生活毎日は僕は超えられそうにないから。 第17回 ありのままの自分であるために。時代を超えて描かれる人間の孤独|シネピック|映画|WOWOWオンライン

日本で地獄の日々を送った高学歴ブータン人青年 外国人留学生の闇(4) WEDGE Infinity(ウェッジ)

君のいない日々生活毎日は僕は超えられそうにないから

これからお話するのは… やりたいことも将来の夢もなく 人間関係や仕事ででうまくいかず になり 何をしてもうまくいかなかった僕が たった一つのきっかけによって サラリーマン以上の収入を 会社に属さずに手に入れ 夢に向かって 毎日が笑顔で絶えない生活を 手に入れた まるで 夢のような本当の物語。 はじめまして!ゆうやと申します! ブログを書いている現在は23歳です。 普段はインターネットを活用し ・ネットビジネス(など) ・Web ・Webビジネス などしながら として生活しております。 今でこそ会社に依存することなく 個人の力で生活していますが、 元々は などで働く 平凡な、ごく普通のサラリーマンでした。 そんな僕が、として 会社員時代以上の収入を得て、 毎日笑顔で過ごし夢を掴む過程を 包み隠さず話したいと思います。 多くの挫折を味わいました。 のような経験もしました。 「僕、どこで人生間違えたんだろう」 と毎日思う日々でした。 正直、思い出したくないですが あなたも変われると実感してもらえるために 全てをお話ししようと思います。 今後の人生の参考にしてください! 無欲のまま就職する で転職 転職先で人間関係うまくいかず になり人生諦めた23歳 大学まで行って勉強もすることないし それだったら社会勉強をしようと思い 進学ではなく就職を選びました。 高校時代にアパートの掃除をしていた影響から なんとなくで不動産仲介に面接。 正直 期待とワクワクでいっぱいでした。 しかし、現実は 残酷なもので、 ・美男美女で仕事ができる大卒社員 ・毎月異常にのしかかるノルマ ・毎月同期が辞めていく ・月200時間の残業、休日出勤 ect… 毎月自分宛てにクレームが届き 仕事ができない私は 上司に無視されたり暴言を吐かれる毎日でした。 朝9時から朝3時まで仕事する毎日。 手取りも最高18万円でした。 ある日僕は営業車で 運転中意識を失い 気づけば 機を破壊してました。。。 1年でクビでした。 その後2社目では百貨店で鮭を切り身にして 販売する仕事をすることにしました。 有難いことに 入社2週間で 「お前は店長になる男や」 と期待してもらえました。 ただ期待には応えられず 自分で壁を作り 結局は従業員に無視される毎日。 話しかけても1歩引かれる。 人間向いてないのかな? とうとう僕は になりました。 ・毎日逃げる事ばかり考え ・不幸なニュースを羨ましがり ・死ぬことを考えてました このまま人生終わらせたくない… もっと 毎日を笑顔で過ごしたい そんな時、 店長から衝撃な言葉が 俺は君のこと本気で 店長になれるって思ってるから 今度出張先で1人で店出してみない? 驚きました。 こんな僕にまだ期待をしてくれるなんて そこからは初めての経験の連続でした。 ・お客さんのターゲットを絞って ・自分の思う販売方法やレイアウトで ・好きな商品を好きな分だけ発注し 気づけば産業廃棄物ほぼ ゼロで 前年の売上の1,5倍を叩き出していました。 果たして自分の夢は 店長なのだろうか 自分のやり方と会社の方針で 板挟み状態だった店長をみて僕は決めました。 このままじゃ変われない よし、起業しよう! 僕はようやく前を向く決心をしました。 そこからは志を持つことにしました。 自分を通して 人を笑顔にしたい! だからこそまずは 自分から楽しもう を磨こう そうすれば人がついてきて 起業できるだろう。 ただ具体的にどう行動すればいいかわからず 抽象的な考えのままでした。 そこでたまたま声のかかったをしてみました。 ・周りから変な目で見られる ・欲しくもない商品を買わされる ・目先の利益を追求する人達 僕が何度も信頼関係を気づくためには を磨くことが大切じゃないんですか と話しても理解されず ここでも 人間関係がうまくいきませんでした。 だったらもう人に頼らずに 一人でやってみよう そう思ってブログや株を始めましたが 結果は 失敗に終わりました。 途方にくれた僕はもう一度仲間を求めて に逃げました。 そこでも の勧誘が10回くらいあり 起業を諦めかけていました。 もひどく体は限界を超えていました。 まさに 最悪の未来に進んでいる感覚でした。 時が止まったような感覚 ただ、 このまま人生終わらせたくない そんな思いが心の片隅に残っていたのです。 そして、ある転機が訪れます。 あるネット起業家と出会い 諦めかけていた人生が激変 を眺めていた時、 ネットビジネスで 生活しているというネット起業者を発見。 怪しいアカウントが多い中、 この人だけは 明らかに違う雰囲気が! モチベーションは下がりきっていましたが 「この人に話を聞いてみたい。 」 「この人からを学びたい。 」 そんな一心で 勇気を出してDMを送りました。 正直期待はしてませんでした。 僕なんかに返信してくれるわけがない。 するとすぐに返信が来て、 親身に話を聞いてくれました。 さらには 数日後に会って 話を聞いてくれることに。 で人と会うのは初めての経験。 不安と緊張でいっぱいでした。 ここでは仮にSさんと呼びますが ネットビジネスで 50万以上稼いでる人でした。 Sさんも同じく で働き経験者でした。 ただ、、 毎日好きな時間に起き 好きなことをして生活している。 毎日周りに人で溢れている キラキラした人でした! ネットビジネスというと ・毎日作業に追われそう ・センスがないと稼げなそう ・パソコン越しで笑顔が消えそう というイメージがありました。 僕自身、ブログやの経験もあり 当時は、少なくとも 楽しいという感覚はありませんでした。 しかしながらSさんは 楽しみながら毎月50万以上稼いでいる。 まさに 理想の生き方の人そのものでした。 さらにSさんは親切で、 いろいろなことを教えてくれました。 とにかく説明がうまい。 いろいろな角度から話してくれてわかりやすい。 Sさんが教えてくれたのは ・起業したいのならネットでもリアルもビジネスの 基礎や仕組みは変わらないこと。 ・スキルは関係ない、売り方次第で どんなものでも商品になること。 ・スポーツと同じで実践と修正が 必要不可欠になること。 気がつけば、不安もなくなり 「この人からビジネスやを学びたい」 という感情が強くなりました。 このチャンスを逃したら 一生だ… そう思った僕は 自然と口が開いてました。 「僕にビジネスを教えてください!」 「Sさんのそばでを磨かさせてください!」 そして僕はSさんに弟子入りしました。 こうして、Sさんと二人三脚で ネットビジネス人生がスタートしました。 わずか40日で収益化に成功! 当時の僕は ビジネスのスキル・知識は0 ただの仕事のできない サラリーマン。 ビジネスの基礎すら まったくわからなかった僕が 自分が将来 どうなりたいかの目標設定、 集客の方法や ターゲットの絞り方など 始めはこれが何に繋がるんだろうと 疑問に思う事ばかりでした。 早くブログ書きたい 早くお金を稼ぎたい と思いながらも まずは誰をターゲットにするか こういった基礎を固めることが 大切なんだよと 言われたことだけを ただひたすらやりました。 贅沢なお弁当1つでなくなってしまうくらいの 本当に小さな額ですが そのお金は 給料の感覚とは大きく違いました! 「自分でネット上で集客をして稼いだ」 簡単だと思うかもしれませんが 決してそうではありませんでした。 おそらくSさんと出会わなければ 収益化することはできなかったでしょう。 また、 稼ぐ楽しさやネット起業家の日々のマインド 更には 人間関係がうまくいく 信頼される方法など毎日が勉強の日々でした。 そんな時会社から転勤の依頼が 「来月から池袋店に行ってくれ。 」 もう僕にはもう迷いはありませんでした。 これからは 会社の引かれたレールではなく 自分で引いたレールで生きていくと。 「僕は会社員として東京にではなく 起業家として行きたいので会社辞めます。 」 そして辞表を出しました。 気づけば 敵しかいなかった職場が 打ち解けられるようになってました。 また、全員が僕の夢を応援してくれて 笑顔 で退社しました。 脱サラまで中身の濃い3か月でした。 人は3か月で変われるものだと実感しました。 それからは、 の仲間も増え 新しいビジネスにも挑戦しました。 人間関係うまくいかない 全く仕事のできない会社員だった頃とは 180度、全く違う ストレスフリーな生活を実現できました。 最近では、 日本中飛び回り 会いたい人に会いたいときに会ったり 自分の理想とする 彼女にも出会え 毎日が笑顔で溢れる キラキラとした生活を送ってます。 さらに、 好きなことをするだけではなく 嫌いなことを生活から 排除することができました。 ・毎日の早起き ・上辺の付き合い ・上司から理不尽 ・愚痴大会の飲み会 ・疲れの取れない日々 ・などのつまらない日常 現在は朝10時に起きて 笑顔で友人に会ったり、電話したりしてます。 独立して一番良かったのは 自分の好きな仕事をしているという感覚 出張先で感じた楽しさを 毎日実感しております。 気づけばの症状はなくなり ネットビジネスにやりがいを感じていました。 夢が目標になった なぜ私が脱サラをして ネットビジネスをやっているのかを お話しします。 それは理想を現実にするため。 ・の人を笑顔にする ・好きな人たちと好きなことをする ・誰も苦しまない心から笑える社会に ビジネスはそれらの 手段に過ぎません。 ただこの業界の方との関わりが増えたことで わかったことがあったのですが、 やはり僕と同じように悩みを 持つ方が数多くいたのです。 僕の身近にもいました。 同じ悩みをもった人が。 その人の名前はM君。 実は僕の高校からの友達です。 そのM君がある日、 僕にこんなことを言ってきました。 「僕にもネットビジネスを教えてほしい」と。 M君には以前自分で稼いでいることを 打ち明けネットビジネスで僕が稼いでいること、 そっちの道で生きていくことを話してました。 最初打ち明けたときは、 他人事のように聞いていたので 興味がない人はホントに興味がないんだと 思っていたのですが、 突然言い出してきたので 僕自身びっくりしました。 そして迷いました。 別にM君が稼げても 僕になにも メリットはないし、 僕も 作業の時間が減るから収入が減る とまで思っていました。 自分は教えてもらったくせに その時は自分だけコソコソと このノウハウを使っていた方がいいんじゃないか? なんて考えていました。 だから本当は教えたくなかった。 ですが、M君のあまりの必死さ、 仕事を辞めてでもやっていきたい とのことだったので、教えることにしました。 正直教えるのは大変でした。 僕は人に仕事をろくに教えることもできない人でした。 それでもM君は僕についてきてくれました。 僕がSさんと二人三脚でやっていったように M君と二人三脚で教えていきました。 すると、ある日 M君からの報告が! 「ゆうやのおかげで初収益達成した」 驚きました。 僕より時間はかかったものの 初収益の額は 僕の 倍稼いでいたのです。 僕はこの時ようやく理解しました。 自分で学ぶだけが理解ではない それをアウトプットすることによって 本質的なところまで理解できるのだと。 現在もM君とは二人三脚で 楽しく稼いでいますが 将来的には お互いリアルで事業をして サポートし合える仲間になろう と話をよくしております。 次はあなたの番です あなたのたった一つの行動で 未来はいくらでも 変わることができる 行 動しますか?しませんか? 会社の歯車の一部として 社会貢献することを 否定することは一切ありません。 その人にはその人なりの幸せがあります。 単純に 「僕は違った」 というだけです。 人生の変わるべき タイミングで 1歩踏み出した。 好きなことをやり 嫌いなことを排除し、 心から笑顔になれる人生を過ごしたい。 失敗の連続も 成功したら単なる過程にしかすぎません。 失敗はゴールではなく過程 失敗を恐れる必要はないんです。 失敗の先に成功が待ってます。 僕と同じように 毎日を笑顔で過ごしたい! もしそうのように思うなら ぜひ一歩踏み出して見て欲しい。 たった1通のDMが 人生を変えることだってあるんです。 5年後 10年後20年後 今の生活で後悔することがない 未来はやってくるのか? 現在のあなたの 努力や我慢が報われるのか 将来どうなっているのか しっかりと考えて欲しいです。 今の生活を続けていても 限界は遅かれ早かれやってきます。 人間関係がうまくいかず になりながら仕事をする日々。 今の時点で これは違うと 感じている人は多いと思います。 しかしながら どうやって すきなことをすればいいのか どうやって 毎日を笑顔ですごしたらいいのか どうやって 人生を劇的に変化させたらいいのか そのような人たちの力になりたいと思い このブログを書いています。 あの時やっておけばと 一生後悔してしまうのか。 時間は待ってくれません。 死ぬときに後悔するのはあなた自身です。 長くなりましたが これを読んでくださった方が 後悔しない人生を送り 毎日を笑顔になることを願ってます! そして、もしご縁があれば いつか一緒にビジネスしましょう!! その日を楽しみにしています! それでは、 最後まで読んでいただき ありがとうございました!! p. ありがたいことに 毎日のように ご相談に乗らさせていただいております。 気軽にメッセージくださいね! egaokigyouka.

次の

神戸新聞NEXT|全国海外|エンタメ|『コロナの時代の僕ら』パオロ・ジョルダーノ著、飯田亮介訳 パンデミックの後も忘れたくないこと

君のいない日々生活毎日は僕は超えられそうにないから

こんばんは! 今日は1日療養という名の惰眠をしてました。 症状は相変わらず。 でも食欲が戻ってきた感があります。 デブ活フラグ 一番困るのが震えですね。 今こうしての文字打ちするのも中々が多くて何度も打ち直してます。 改めてちゃんと?働ける状態だったときの自分が程遠く感じる。 なんか精神的に大人になった気分。 ちゃんと?働けていたあのときが懐かしく思う。 そして休業期間中にで毎日の記録を書くように紙を渡されましたが、手が震えて読めるか不安。 いや、もともと語と呼ばれるくらい字が汚いので更にふにゃふにゃしててやばい。 その結果、やといった二次障害を引き起こすこともあり、に陥りやすい人が持ち合わせている傾向ともいえます。 怖い方。 嫌な方。 たくさんいらっしゃると思います。 なので他者の顔色を伺って仕事をしたり、業務時間外の飲み会や寄り道など、プライベートの時間を割いてまで本当はやりたくないことに付き合わされたり。 自身の気持ちを抑圧したこれらは一見、社交的。 会社上の付き合いだし、まあいっか!とか。 しょうがないか!ってなると思います。 ですが行き過ぎるとそれは過剰適応の引き金になるかもしれません。 そして重大なのが、過剰適応している本人自身がそのことに気付いていないで自分を追い込んでいる。 もしくは気付いているけどそれでも過剰適応して追い込んでしまうこと。 適応しすぎてしまい、側から見ればに近い行為をされていてもと感じない。 もしくはと感じても自身を抑圧して耐えようとしてしまう。 行動という外的要因と本心という内的要因のズレがやがて大きくなり、その結果二次障害としてに陥るといったケースがよくあります。 それが先程上記にも述べてある。。 そしてある一定の状況下になると体調不良を起こす環境など。 家庭や職場、人間関係で陥りやすい過剰適応の傾向は• 嫌われてしまう恐怖• この会社 家 に居続けられるか将来的恐怖• 衝突を避けるための工夫• 場の空気を乱してしまうのではという不安• 怒られる。 叱られることを避けたい気持ち• 自分よりも他者を傷つけないように動いた結果• 承認欲求の傾向が強すぎる などが習慣化されている子供、従業員は過剰適応しているか、過剰適応一歩手前あたりに属しているかもしれません。 そして7番の承認欲求。 誰しもが少なからず抱えていたことがあると思います。 「この人に認められたい」 「この人のためなら」 「この人に褒められたい」 「この人に信頼してほしい」 「この人に自分を受け入れてほしい」 儚くも素敵な考えだと思います。 ですがそれも。 行き過ぎると過剰適応です。 自分を犠牲にして。 他者を優先した結果。 頑張りすぎて自身のキャパシティを超えて二次障害が起きる。 ここから怖いのが、過剰適応。 右を向けと言われれば右を向く 左を向けと言われれば左を向く 取ってこいと言われれば奪い よこせと言われれば差し上げる 例え黒でも白と言われれば白に塗りつぶし 例え悪だとしても善と言われれば善だと思い行動する 最終的には 死ねと言われれば自殺。 自殺未遂。 をする。 何を根拠に。 って思う方いるかもしれません。 もしくは自分もそうだったと思う方もいるかもしれません。 過剰適応の結果、洗脳に至る根拠は僕。 自分自身です。 育ちなら誰しもがこんな感じではなかったですか? 親の言うことは絶対。 親の言うことは正しい。 親に認めてもらいたい。 親に嫌われたくない。 親に怒られたくない。 親の期待に応えたい。 その一心で過剰適応して。 自己破壊的行動を取り。 良い子を演じて。 洗脳されていませんでしたか? 親で例えましたが上司でも同じです。 家庭ではそれを育ちと呼び。 会社ではそれをと呼びます。 でもどれだけ頑張っても認めてもらえなくて。 見向きもしてくれなくて。 一言も何も言ってくれない。 その結果「何やってんだろう」という喪失感で自己嫌悪に陥る。 もっと頑張りさえすれば。 もっと成果を出せば。 もっと努力さえすれば。 もっと大きな事を成し遂げれば。 そう思う反面、それが実らなくて。 実っても全然認めてもらえなくて。 無力じゃないはずなのに無力に感じてしまう。 そう思っている方、いませんか? 辛いですよね。 苦しいですよね。 虚しくて。 心の在り方が分からなくなりますよね。 自分を犠牲にしなくていいと言われても。 自分を大切にしろと言われても。 自分を責めてはいけないと分かっていても。 叶わない願いだったとしても。 そう思ってしまうんです😔 過去記事 僕は昨日、この記事を書いて自分の思考と見つめ合った結果、ここに1つわだがあることを知りました。 過剰適応だったなと。 自己認識しました。 他にも色々とあるんですけどね。 今日はこれを伝えたかったんです。 何故ならきっと。 同じような境遇の方がいっぱい居ると思ったから。 解決法は。 分かりません。 洗脳と知りつつ満足するまで。 納得いくまで努力するか。 洗脳と分かった以上、もう切り捨てるか。 最終的に決めるのは自分自身です。 歌詞にも書いてある通り。 大袈裟だと思うかもしれないけれど。 それを承知で聞いてほしい。 そんな人生だったなと。 思います😌 ouju.

次の

あらゆることに抗って自分の人生を生きなければ生きてる意味がないと思います

君のいない日々生活毎日は僕は超えられそうにないから

自分が手にしていると思っていた自由が、これほどあっけなく奪われてしまうのかとうろたえる。 周囲との関係や社会の仕組みはこんなにも簡単に脅かされるものなのかと不安になる。 そんなとき、本書のタイトルを見て思わず手を伸ばした。 つまりは今のこの事態を、自分なりに理解したいと願っていたのだ。 ローマに暮らすイタリア人作家、パオロ・ジョルダーノが2月下旬から3月頭までに書いたエッセー27本に、3月20日付の新聞に掲載された記事が「あとがき」として追加されて1冊に収められ、緊急出版された。 異国の作家が書いた本が1カ月余で読めるようになるというこのスピード感は、新型コロナウイルスの感染の速さに通じるものだ。 最初の一編「地に足を着けたままで」で著者も「こんなにも短期間で世界的流行を果たした最初の新型ウイルス」と指摘している。 グローバル化の果てに、世界は極めて狭くなった。 今回のパンデミックはまるでその証拠のように私たちに突き付けられている。 著者は1982年生まれ。 トリノ大学大学院博士課程を修了しており、専攻は素粒子物理学。 「数学が、不安を抑えるための僕の定番の策」という「数学おたく」でもある彼は、感染症の流行の仕方を数学的に解説していく。 感染をビリヤードの球の衝突にたとえるあたりは簡潔でわかりやすく、だからこそ読みながら冷静になっていく。 予定が次々にキャンセルされていくことで生まれた「空白の時間」を使って文章を書くことにしたという著者は、感染症を「僕らのさまざまな関係を侵す病」と定義づける。 著者は「病気になるのは別に怖くない」という。 では、何を恐れるのか。 「流行がもたらしうる変化のすべてが怖い。 見慣れたこの社会を支える骨組みが実は、吹けば飛んでしまいそうに頼りない、トランプでできた城にすぎなかったと気づかされるのが怖い。 そんな風に全部リセットされるのも怖いが、その逆も怖い。 恐怖がただ過ぎ去り、なんの変化もあとに残さないのも、怖い」 著者は、この感染症の発生と広がりの責任は人類にあると断言する。 グローバル化だけではない。 途方もない規模の森林破壊や気象変動により、私たちが地球全体の生態系に大きなダメージを与えている。 人類は「ひとつの壊れやすくも見事な生態系における、もっとも侵略的な種」なのだ。 著者はそのことを直視しなければならないと訴える。 「あとがき」のタイトルは「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」。 この災厄が過ぎ去った後に私たちは何を守り、何を変えるべきなのか。 著者は「忘れたくない物事」のリストを作っているといい、それを列挙する。 「僕は忘れたくない」という文章のリフレインの中で示される多種多様な事柄をここでは紹介しない。 代わりに、私が自分なりに思う「忘れたくない物事」を記したい。 このウイルスのおかげで私は、在宅勤務やオンラインでの会議ではできない「雑談」が実はとても大切なのだと知った。 電車にほとんど乗らず、ひたすら歩いたことで、木や草花、川や沼といった自然がどれだけ自分を癒やしてくれているかということに気付いた。 図書館や書店にふらりと立ち寄って過ごす時間の豊かさをかみしめた。 病院や介護施設、幼稚園や保育園が、危機のときにも機能できるような余裕が極めて重要なのだと思い知らされた。 ふだんはあまり役に立っていないように見えた物事たちが、自分や社会を支えてくれている。 そのことを、私はこの感染症が過ぎ去った後も決して、忘れたくない。 (早川書房 1300円+税)=田村文.

次の