ひし美。 アンヌ今昔物語: ウルトラセブンよ永遠に・・・

ひし美ゆり子

ひし美

ウルトラセブンは再放送で何度も見ましたが、紅一点のアンヌ隊員はとても魅力的でした。 この本はセブンが終わったその後のひし美ゆり子さんの波乱万丈の人生が描かれています。 ネタバレになりますがアンヌ隊員は別の方やる予定でしたが急遽代役として抜擢されました。 今となっては幸運です。 その後も映画に引っ張りだこでなぜかポルノ路線に流れていきます。 今で言う俺流の選択によって運命のいたずらの様に変貌していきます。 その後もドラマに映画に大活躍します。 ただそれがウルトラセブンのアンヌ隊員と世間は知らされていませんでした。 ところがあるグラビアで再び脚光を浴びることに。 そして万華鏡の女と言う映画で大絶賛されます。 私的のことも書かれていますが、プライベートにつき割愛します。 最初から最後まで一気に読みましたが飽きることなく読めます。 そしてひし美ゆり子さんのさっぱりとした生き方に憧れました。 そしてより好きになりました。 ぜひ手に取って読んで欲しいです。 東宝入社直後のまだ初々しい菱見地谷子、ウルトラセブン時代の清楚でおきゃんなイメージの菱見百合子、70年代の裸を売り物にして数々の異色作に出ていたひし見ゆり子、そして、ウルトラセブンのソフト化、アンヌ隊員時代を回顧したエッセイが人気をよび、ネット時代の現在に至りますが・・・このひし美さんの女優人生を一言で要約すれば「流されて」ではないかと著者は述べています。 本書は、時系列にひし美さんと樋口さんの対談、回想、そして、それに樋口さんの解説というか補足をフォローするという形で進められます。 内容的には、セブン セブン セブン アンヌ再び(ひし美さんのエッセイです)を読んでおられれば、そんなに目新しい事が書いてあるわけではありません。 しかし、東宝のミスコンで1位は内定していたとか、東宝入社後さくらでミスティーンコンテストに出たら、ナベプロの人にスカウトされかかったとか(ミスはなんと大信田礼子)、桜井さんとは不仲ではなく、接触する機会が無かっただけ(後日旅行に行ったりしています)とか、まだ無名時代の松田優作の印象、村野武範、原田大二郎との交友とか色々目新しい事が述べられていますが、一番興味を引かれたのは、現在封印されている「遊星より愛をこめて」に関する事で、彼女は、普通に鑑賞して愛されるべき作品と述べています。 実相寺監督をはじめ色々な人への感想も述べられています。 そして、東宝退社後の鏡の中の野心への出演ですが、芸名の変遷の話傑作ですね!また、愛のコリーダへの出演のオファー、別の本に書いてあったんですが、女優は、結構このオファーに乗り気だったらしいです。 あの小山さんも誰もする人がいなかったら、私がやってもいいわよと言っていたらしいですから・・しかし、松田さんのその後を見ていると出なくて正解のような気がします。 そして、アンヌブームが起こり押井監督からもオファーが来て現在に至るわけですが・・ 欲を言えば、上質紙を使用しているんですから、もっと未公開の写真を入れてくれればと思いますが、目新しいエピソードもありますし、一応推薦しておきます。 ひし美氏の誕生から現在までの半生については自身の著書で何度か述べられていますが、本書では共著者の樋口氏によるインタビュー形式で、ひし美氏とは樋口氏独自の情報による別の視点から質問が行われ、更にひし美氏に関わった監督、脚本家、俳優etcがどのような背景を持ち、ひし美氏以外のどのような映画、テレビ作品に関わった人なのかを質問内、あるいは別項で解説してくれているのは面白いです。 またひし美さんが自著では深く触れていなかった(ウルトラセブンに限定せず)現場の人間関係や雰囲気についてインタビューしている部分も良いと思います。 その中で円谷プロから離れた成田亨氏が古谷敏氏と組んでヒーロー物「突撃!ヒューマン!!」を製作していたのも本書で初めて知りました。 モノクロ写真も貴重なもの(例えば親友若原啓子氏や小林夕岐子氏と一緒に移った紹介パンフレット等)がありますが、版が小さくなったのでわかりにくくになったのが難です。 それでも単行本を所有していない私は購入後一気読みするぐらい面白い内容でした。 のっけからこんな事を書くとファンの方に怒られそうですが 私は若い頃、ひし美ゆり子さんのことがそれほど好きではありませんでした。 たまたま少年時代に観たドラマで所謂「汚れ役」を演じていた彼女の印象が強くて 「こういうタイプの女性は苦手だな…」と思ってしまっていたのです。 今にして思えば何と浅はかな・・・ それから歳月が流れ、映画監督の実相寺昭雄氏の関連のイベントでひし美ゆり子さんを間近に拝見し その後しばらくしてご本人と ホンのちょっとだけですが お話する機会にも恵まれました。 何という事か、私の抱いていた先入観は物の見事に打ち壊されました。 とても気さくで飾らないお人柄、年齢を重ねられてもチャーミングさを忘れない立ち居振る舞い、 もう、すっかりファンになってしまいました。 長年に亘って多くのファンの方々や、関係者に彼女が愛される理由がわかりました。 この本は単なる女優「ひし美ゆり子」の賞賛本ではなく、冷静に客観的に彼女の軌跡を追った 大変読み応えのある一冊です。 ひし美ゆり子さんのファンだけではなく、「映画からテレビへ」映像メディアの過渡期における 時代背景や女優さんの在り方について考察するための参考として多くの方にお勧めできる 良書だと思います。

次の

ひし美ゆり子

ひし美

女優業に対して執着心はなく、1972年に東宝との専属契約が切れたときに女優を辞めるつもりだったというが、ある出来事がきっかけとなり、今度は美しいヌードで魅了することに。 全裸で砂浜を駆けめぐるシーンなどもあるが、小規模な公開だったため、広く知られることにはならなかった。 だが、それから間もなく週刊誌にヌード写真が掲載されてしまう。 「東宝に取材に来たフリーのカメラマンが、『セミヌードでいいから撮らせてくれ』って言っていたんですけど、東宝はそういうことにうるさいので断っていたの。 でも、1年間ぐらいずっと言ってきていたので、東宝を辞めた後、仕方がないから個人的な記念のつもりで撮らせてあげたんですよ。 そのときはまだパソコンなんてないから調べられなかったけど、今いろいろ検索してみても見つからないの。 そういう人だからもっと色々取材や何かをしてあちこちに名前が出てくるかなと思ったんだけど、いまだに出てこない。 父は何も言わなかったんだけど、ちゃんとスクラップしていたの(笑)。 私は中途半端な顔だから嫌なの。 個性的じゃないでしょう? どこから撮っても同じ顔じゃないんですよ。 角度によってすごい表情が違うっていうか、『この人同じ人?』っていう感じ。 教育映画の人形町のたい焼き屋のお母さんから時代劇のくの一から極道の女から廓の女まで…いろんな役をやっていますね。 私は井の頭公園から歩いて1分のところに住んでいましたからね。 その人のおかげで写真集になるぐらい写真が残っていたんですよ。 他の女優さんはみんな断っていたみたい。 「私はどこにも所属してないし、親がうるさいから麻布十番の女友達のところに転がり込んでいたんですよ。 家賃を半分ずつ出し合ってシェア生活をしていたの。 そのときにはどこかに勤めようという気でいたんですよ。 でも、お仕事の依頼が来たのでとりあえず出てという感じ。 実は日活ロマンポルノには素晴らしい作品が多かったと後で知りました。 当時は映画のために脱ぐことは厭わなかったけど、『ポルノ女優』というくくりにされるのがイヤだった。 そういうことにこだわっていたのは、やっぱり親がうるさかったからね。 もし、私が天涯孤独だったら、もっと開き直って仕事ができていたと思うの。 家族がいるから、取材とかからもいつも逃げていたんですよね。 ひし美なんて名前はあまりないから、家族が嫌がるかなぁと思って日活だけは断っていたんだけど、東映で『不良番長』シリーズの後に出た映画のタイトルが『ポルノ時代劇 忘八武士道』(1973年)。 『ポルノ時代劇』って最初に付けられちゃっていたのよね(笑)」 『まむしの兄弟・刑務所暮し四年半』(1973年)、『高校生無頼控 突きのムラマサ』(1973年)、『メス』(1974年)、『好色元禄秘物語』(秘はマル秘・1975年)、『新仁義なき戦い 組長の首』(1975年)など多くの映画に引っ張りだこになり、『プレイガール』(東京12チャンネル)や『人形佐七捕物帳』(テレビ朝日系)をはじめ、多くのテレビドラマにも出演。 藤竜也さんとは何度か共演していたけど、私は世の中のことを知らないから、『愛のコリーダ』がどういう内容の映画なのかということも知らなかったの。 本番シーンがあるということもね。 全然女優をやる気がなかったから、事務所にも入らなかったからマネジャーもいなかったの。 それで大島渚監督と会って台本を見せられたんだけど、どうしたら良いかと思って、貞永方久監督に相談したんですよ。 実際の性交場面もあったため、日本で撮影し、フランスで編集するという形で完成させたが、「芸術か、猥褻(わいせつ)か」話題を集め、表現の自由をめぐって裁判にまで発展した。 「もともと女優業は向かないと思っていたから執着がなかったんです。 結婚した相手も芸能界とは全く関係のない人でしたからね。 長男は誕生しましたけど、結婚生活はそんなに長くは続きませんでした」 離婚後、ひし美さんは銀座でパブを経営。 そして台湾料理の料理人だった男性と再婚し、台湾料理店をオープンする。 女優業にはあまり執着していなかったひし美さんは、80年代半ば以降はあまり積極的に映画やテレビに出演するつもりはなかったというが、ビデオ機器の普及で80年代後半以降、アンヌ・ブームが再燃。 注目を集めることに。 「87年頃にお店に20代後半くらいの男の子がアンヌのお人形(フィギュア)を持って『お人形にサインして下さい』ってやって来たりするようになりました。 最初に放送されてから20年ぐらい経っていたから、あの頃の子どもたちが20代も半ば過ぎになっていたんですよね。 87年には真夜中に『ウルトラセブン』の再放送もしていたし、ビデオの普及で何度も見られるようになっていたのも大きかったでしょうね」 時代とともにインターネットが普及し、『ウルトラセブン』も新しい世代にも広く知られるようになり、アンヌはネットアイドルと言っても過言ではない状態に。 ひし美さん自身もブログやツイッターなどを駆使し、さまざまな情報を発信している。 僕の映画に出て下さい』って言うの(笑)。 ただ、私はそのとき、押井監督のことを知らなかったんですよね。 アンヌ隊員として知られている顔、惜しげもなく裸身をさらけ出す色っぽい女の顔…時代とともにさまざまな顔で魅了してきたひし美ゆり子さんは永遠のヒロイン。 (津島令子) 外部サイト.

次の

「アンヌ隊員」ひし美ゆり子の女優人生、ヌード写真流出で変化

ひし美

アジアンタイペイ ひし美ゆり子様の新店舗 予てより書き込んでまいりました、ひし美ゆり子様の新店舗「アジアンタイペイ」の開店が正式に決定致しました。 お店の概要は、店名どおり、エスニック系アジア料理店です。 もちろん、行ったことも、食べたこともないのに、こんなに決めつけていいのか? とも思うんですが、インド、タイ、台湾のシェフが腕をふるうということで、本格的な味が楽しめるはずです。 ご存知のように、彼女はご主人といっしょに調布で「 台北飯店」という、大変美味しい台湾料理店を経営されており、その味は絶品! そこで腕をふるうご主人は味の匠です。 しかも、この「アジアンタイペイ」は、そのご主人が主導されての開店ということで、味が悪いはずがなく、加えて、さりげない気配りの人=ひし美ゆり子様が内助の功を発揮されての良い雰囲気は間違いないところです。 場所は旧甲州街道沿い京王線調布駅東口3分(布田寄りに戻ったほうです。 ) @ オープン日。 (1) 生ビール半額 200円(税込) (2) ランチバイキング 通常1000円のところ900円(税込) (3) ジャンケン大会で記念品ゲット!(ディナーのみ) (3)はクジと思ったのですが、よりシンプルな方法を考えました。 スタッフ誰とでもジャンケンして勝った方は記念品が貰えます。 但しジャンケン権は新聞ちらしをお持ちの方・・となっております。 HP「」特典を考えました。 期間中「ゆり子の部屋を見て来ました」と言って下さい。 3000円に一回ジャンケン権が発生します。 お名前 ご連絡先 人数 時間 出来ましたらご予算をお伝え下さい。 インド人のシェフ3名は7月始めに調布に入居、既にニックネームが付いています。 無口でシャイなためニックN『シャイさん』在日年数14年。 もうもう若いのにこんなしっかり者の女性なかなかいません。 才色兼備とは彼女の事のよう。 見た目は色白で女らしいけど、 中身は男勝り、気は優しくて力持ち、頭の回転が早い。 彼女曰く「母親が反面教師ですから」ですって。 その他スタッフは大体家族でまとめております。 あっそうそう、先日ご主人にご不幸があった 東宝同期・親友の井下啓子(若原啓子さん) も、お手伝いしてくれるそうです。 あっ、浜かおるさんも手伝って下さるかナ? ご来店、スタッフ一同心よりお待ちしておりま〜す。 地獄のスケジュールが詰まっておりますから……。 しかし末永い繁盛は間違いないわけですから、あせらず、皆様、調布に行ったら立ち寄ってみましょう。 まさに アジアンヌなお店なのです。 (2005. 10 改稿掲載).

次の